キリスト兄弟団大阪教会、東大阪市長瀬にある、プロテスタントのキリスト教会からのお知らせ

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12月7日(土)・・・山路園クリスマス  於:山路園

12月8日(日)・・・ CS子供クリスマス

12月15日(日)・・・キャロリング

12月22日(日)・・・クリスマス礼拝&祝会

2019年11月24日(日) 第47主日親子礼拝式メッセージ&幼児祝福式   
まだ若い、と言うな ( エレミヤ書 1章1〜10節 )

「主は私に言われた。「まだ若い、と言うな。わたしがあなたを遣わすすべてのところへ行き、わたしがあなたに命じるすべてのことを語れ。」
            ( エレミヤ書 1章7節  )

 エレミヤは南ユダ王国の末期を生きた預言者です。彼は別名「涙の預言者」と言われていて、エレミヤ書と哀歌を執筆しました。

○エレミヤの召命
 エレミヤが預言者として召命を受けた時、エレミヤは躊躇しました。その理由は「若い」からであるという事です。「若い=未熟=召命にはこたえられない」であると。謙遜にも見えますが、大きな間違いです。もちろん若い時に、年齢を重ねられたベテランの方に比べると知識も経験も技量も大きく違うでしょう。しかし、大切なことは神様が今、私に何をして欲しいと願っておられるかという事です。
 例え、弱く、小さく、足りない者であったとしても、主が共におられるならば、又、主が戦ってくださるならば決して役に立たない者ではないのです(第二コリント12:9)。
 しかしエレミヤと同じような間違いをすべての人が犯すことがあります。それは、自分の弱さにしがみついて、神の栄光の為に立ち上がらないという失敗です。
 パウロは愛弟子テモテに発破をかけて言います。
「年が若いからといって、だれにも軽く見られないようにしなさい。かえって、ことばにも、態度にも、愛にも、信仰にも、純潔にも信者の模範になりなさい。」(第一テモテ4:12)

○エレミヤへの約束(7〜10節)
 神様は私たちに対して、何かわからないような導きをされるわけではありません。私たちに対して願いをもって迫られる時、同時に、みことばの約束を与えてくださるのです。反対に言えば、みことばの約束がない導きは導きではないと言えます。どうして聖書が私たちに必要なのでしょうか。それは聖書が生ける神のことばであり、私たちへの生ける約束がそこに記されているからです。

・インマヌエル(8節)
 エレミヤへの一つ目の約束は、「神共にいます」というインマヌエルの約束でした。主の為に立ち上がるためにすべての聖徒はこの約束がありました。

・聖化の事実(9節)
 エレミヤへの二つ目の約束は聖化の事実です。エレミは不思議な霊的体験をします。それは主の御手が伸ばされて自分の口に触れてくださるというものでした。
 人の口は開いた墓のようなものだとダビデは歌い、パウロはそれを引用しています(詩篇5:9、ローマ3:13)。しかし、十字架の血潮はその口をきよめ、賛美と証を満たし、神のことばを告げ知らせる者とならせてくださるのです。

○裁きと希望(11〜19)
 エレミヤは二つの幻を見ます。それは、「アーモンド」(11節)と「煮え立っている釜」(13節)です。
 煮え立った釜は北からこちらに傾いて来るのです。これは、まさしく、バビロンの脅威の預言です。その脅威に、イスラエルはその不信仰の故に、その災いに飲み込まれるのです。
 しかし、その前にアーモンドの幻をエレミヤは見ます。これは、希望の幻です。アーモンドはヘブル語で「シャーケード」目覚めている、と言う意味で、それに続く神様の言葉が「見張っている」は「シャーカド」で言葉遊びの様なやり取りの中に、神様の恵み深い真理が込められています。
 アーモンドは1〜2月に他の木々に先立って芽を出し、花を咲かせます。別名、目覚めの木と言われています。春と言ういのちの季節に先立つ植物は、よみがえりの初穂を意味します。究極的にはイエス・キリストの復活の象徴であり、イスラエルの回復の預言です。神様は、いのちの回復を成就すべく、休むことなく目覚めて、見張っておられるのです。
 神様は滅亡の為の裁きを下されようとしているのではなく、まず、アーモンドの幻をして、回復を望まれ、愛を持って導いてくださるお方である事を感謝いたしましょう(詩篇121篇)。

 
イラスト賛美の翼

今日の礼拝式での賛美は、以下の通りです。メロディをお聞きになりたい方は、曲名クリックしてください。
参考・・・リンク先ページの内容です。(オ)オルガン(ピ)ピアノ(詞)歌詞付き(独)独唱[実録]は実況録音です

新聖歌 259 聖(きよ)いふみは教える (ピ)(詞)
新聖歌 145 栄えに満ちたる (オ)(ピ)(詞)
特・・・5
新聖歌 40 ガリラヤの風かおる丘で (オ)(ピ)(詞)
♪献金 新聖歌 388 いとも良きものを (オ)(ピ)(詞)
♪頌栄 新聖歌 63 父 御子 御霊の(オ)(ピ)(詞)
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